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東京高等裁判所 昭和24年(を)3301号 判決

控訴人 被告人 持田隆夫

弁護人 広瀬通

検察官 田辺緑朗関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人広瀬通の控訴趣意は同弁護人名義の控訴趣意書及び同理由補充陳述書の通りであるから、これを引用する。それに対し当裁判所は事実の取調として弁護人提出の郵便葉書二通、取寄に係る横浜簡易裁判所の中村林吉に対する窃盗被告事件の確定記録中中村林吉の身元調書、同人に対する判決、雨宮音一の第一回供述調書、同人作成の買取事実並に一部提出顛末書、横浜吹付塗装工場責任者中川昭寿、出光興産株式会社横浜支店長日田大三各作成の仮下請書の取調をした上左の通り判断する。

第一点(訴訟手続の法令違反)

原判決が所論の各被害顛末書等の記載を証拠として引用していること、右各書面は第六回公判期日において取調べられたものであるところ、昭和二十四年十月十五日の第八回公判期日に公判手続の更新が行われ、同期日の調書には、副検事が第六回公判調書記載の各書面の取調を請求し、判事はこれを全部採用する旨の決定を言渡し、第六回公判調書記載の各書面を順次朗読したと記載され、第六回公判調書自体が証拠として取調べられていないことはいづれも所論の通りである。而して公判手続の更新は裁判官の更迭又は長期間審理が行われなかつたことを理由として、審理のやり直しをすることであるから、更新の行われた公判期日の調書には遂一その経過を明かにすべきものであるが、審理更新にあたり、既に従前行われた訴訟手続があり、裁判所及び訴訟関係人においてこれを引用した場合においては引用すべき従前の訴訟手続の内容がわかる程度にこれを調書に記載するを以て足るものと解すべきである。従つて従前の公判調書の内容であつて特に必要である場合(たとえば証人鑑定人の尋問が行われその内容が記載されている場合)の外は従前の公判調書自体を証拠として取調べることは要求されてはおらず、従前の公判調書を証拠調しなければ、同調書に記載された書類又は関係人の供述内容を引用できないものではない。前の訴訟手続を引用することによつて、重複を避けることが、手続更新の場合の調書作成の方法として広く行われるものであるが右の遂一前に行われた手続と同一の訴訟行為が行われたことを簡単にあらわす趣旨に外ならないからである。それ故弁護人の所論は独自の見解であつて採用できない。

原審は第八回公判期日に所論の各書面について証拠調をした上これを証拠として引用したものであることが記録上明かであるから何等の違法もない。又被告人持田の供述及び弁護人の供述内容についても、右書面について証明したと同一のことが妥当するのであつて、第六回公判期間において述べたと同一内容の事項を手続更新の際の第八回公判期日において、述べていることが第八回公判調書の記載によつて明らかであるから、所論は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 中村匡三 判事 真野英一)

控訴趣意

第一点原判決は証拠調手続を履践したることの分明ならざる証拠方法を引用し之に基いて事実を認定したる違法を含んでいる。原判決は事実認定の証拠として志村祐次郎、堤子之吉、宮本英三郎、日田大三、中川昭寿、各作成に係る盗難被害顛末書、浅見是夫、内田篤三、棚瀬その、浜田捨吉、各作成に係る被害顛末書及び小島虎次郎作成に係る事実顛末書の夫々の記載を引用しているが右各書面について原審が公判手続に於て適式の証拠調をしたことを認むるに足る証拠がない。なるほど原審第八回公判調書には昭和二四年十月十五日の第八回公判期日に於て立会の副検事が「原審第六回公判調書記載の各書面の取調を請求し」判事は右検事の請求を全部採用する旨の決定を言渡し右第六回公判調書記載の各書面を順次朗読した旨の記載が存するのであるが然しその朗読の対象となりたる書面が果して如何なるものであるかは右第六回公判調書の記載に拠るのでなければ之を確知することができないのであつて、而かも右第六回公判調書に拠つて之を確知するがためには、其の前提として同調書が法定の証拠調手続を介して公判廷に顕出せられていなければならぬ。蓋し、右第六回公判調書は公判手続更新前に於ける第六回公判期日の調書に外ならぬのであつて、それは公判手続更新後の公判手続に対する関係に於ては恰かも他事件に於ける公判調書と同様に所詮一つの証拠書類たるにすぎないからである。従て右公判調書にして公判廷に顕出せられざる限りは之を心証形成の資料として援用し得べき限りではない。ところで第六回公判調書について、適式の証拠調手続の履践せられていないことは原審第八回公判調書に依つて自ら明瞭であるから、然るかぎり右第六回公判調書に拠つて同調書記載に係る各書面の何たるかを知るに由なきものと謂わざるを得ない。してみれば原判決挙示の前叙各書面につき原判決の基礎たる公判審理に於て適式の証拠調手続の為されたるや否やは全く不明というの外なく、従て斯かる書面を証拠として引用し事実認定の資料と為したる原判決は到底違法たるを免れない。なお被告人持田隆夫に対する関係に於ては昭和二四年九月一七日の原審第六回公判期日に於て初めて本案の審理が開始せられ証拠調手続を経由したのであるが其の後長期間にわたり本案の審理が為されなかつたため(刑事訴訟規則第二一三条第二項参照)同年十月十五日の第八回公判期間に於て従前の公判手続を更新すると共に被告人持田に対する関係に於ては前記第六回公判調書の記載を援用したのであつて、従つて被告人持田の供述及び弁護人の陳述の内容は右公判調書の記載を通して初めて之を確知し得べき筋合であるに拘らず原審は右第六回公判調書については、之が証拠調手続を介して公判廷に顕出せらる措置を講じなかつたのであつて従て右第六回公判調書の援用せられている限りに於ては被告人持田及び其の弁護人等の供述内容は之を知るに由なく、此点に於ても亦採証上の違法が介在する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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